雑記

【考察】異動通知をみて思うこと

当社は毎月16日に異動通知が発表されます。特に、4月1日付の異動は一年を振り返っても一番異動対象者が多いのではないでしょうか。

今回の発表をみて感じたことを記事にしたいと思います。

営業→経営企画

今まで営業部門に属していたのに、経営企画部門に異動、ということがあります。周囲からは、この人は出世ルートに入ったな、と思われるわけです。

一方で、異動を宣告された当事者はどう思っているのでしょうか。例えば以下。

・希望が叶った

・悪くないオファーだと思ったので受けることにした

・本当は営業に残っていたかったけど会社命令だから嫌々受けた

異動当事者は、経営企画部に異動するからには、会社からはそれなりに評価されていたであろうことは容易に想像がつきます。経営企画部長との良好な関係性などもあったかもしれない。その異動通知が出ているということは、本人は事前に打診を受け、了解をした、という一連のプロセスがそこにはったはずです。

了解したということは、その打診にポジティブな反応をしたということです。今までの営業のポジションのことは気にしつつも、会社のため、さらには、自分の成長のため、という思いを強めたことでしょう。会社の経営に興味があったのかもしれない。

ぼくが思ったことは、今まで以上に大変な仕事をされるんだろうな、ということでした。

大企業の社長なり、役員を目指すような野心も持っている人と言われたらそうかもしれません。しかし、そこまで駆け上がるには途方も無い苦労や努力が必要となるでしょう。様々なことを犠牲にもするでしょう。そこまでして、役職にこだわる理由はあるのでしょうか?

・大企業だからこそできるダイナミックな仕事に、使命感を覚えた?

・高額な報酬を得られるから?

・大企業の役員、社長になって権威を高めたいから?

と、まあ色々と推察してみましたが、本音のところは本人にしかわからないことです。しょうもないことですが、このような異動には周囲は敏感に反応します。

そして、自分のポジションについても思いが行くことになります。俺はこのままでいいのだろうか、と。

 

自分への振り返りのきっかけ

今まで同じ空間で机を並べていたやつが、出世街道を駆け上がろうとしている、それに比べて俺は毎日残業して接待して、なんか成果上げただろうか?誇れるスキルは磨けているだろうか?

といったような感覚をわたしは覚えました。

その人は、何かしらの努力は間違いなくしていた。それに追随する努力を、仕事でなくとも、何かしらかに向けられただろうか?

大切なことは、日々のできごとを振り返り、自分の夢や目標に近付いているかどうかを内省することにあると思います。

自分の目指す方向を確認せずに、闇雲に走っても、目的地へは到達できません。

ここであらためてみえてきますが、自分が何を目指しているかを知ることが何にも増して重要ということです。

経営企画部に行った人は、勤めている会社で偉くなる!という目標を抱えていたらどうでしょう?毎日頑張って働くし、飲み会にも行くし、週末ゴルフにも行くし、後輩指導にも性を出すし、なんだってするわけです。

そんな人に比べて、会社に貢献していない自分よりも、その人が会社から評価されるのは、当たり前でしょう。

原因と結果の法則という言葉が示している通りだと思います。

会社の出世にこだわらずに、プライベートの充実を最優先したとします。その結果、会社からは評価されなくとも、プライベートでたくさん友達ができたとか、いろんなところに行けた、嬉しい!と思えれば、それはそれでいいのです。

プライベートを満喫しつつも、同僚の出世に焦る気持ちも痛いほどよくわかります。しかし、ないものねだりはよくないですよね。焦りの気持ちの正体はなんでしょうか?

自分が遊びふけっているあいだに周囲は努力して遠く前に行ってしまったような感覚。

毎週遊びまくることを良しとはぼくは思いません。

ぼくは、コツコツと努力することをそこまで苦には感じません。

自分が決めたことをしっかりやりきる、その中で、息抜きとして遊ぶ、ということはOK、そんなルールを決めるわけです。

遊びながら、自分の目的に近づく生き方をしていければ、周囲の出世にそこまで動揺しなくて済むのです。

むしろ、出世したら自分の時間がなくなる、今のポジションで自分の時間を最大限使ってスキルアップして次のステージにいく!そんな思いを抱えている方が、むしろ野心的かもしれません。

 

以上、今回の人事異動を見て考えたことでした。

 

 

 

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